TRAVEL / 旅行
AMERICAN LIFE


6月14日 A.M.9:30
134 KAPAHULUAVENE HONOLULU HAWAII 96815
WAIKIKI GRAND HOTEL
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自然に同化した存在物。(ホノルルを上空より)
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寧ろ日本人的感覚のする自然への破壊でない積極的な進入である。
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実感の生々しさは小説や想像を超えている。
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黒毛が劣等であるということと肌の色と似合わないこと。
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金髪や茶色の髪が肌に似合うということ。
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ひざの下の長さと大きすぎる胸。
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全体に比べて小さい頭部。
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彫りの深さ。
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美の標準が日本のように年令と共に変化しない。
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年寄りが(若い人のように)化粧している。 ← グロテスクの感。
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日本語番組 二局 日本人が来てから丁度百年後
「ジェットで来たニュース」でのインタビュー
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ハワイの美しさが観光目的の自然物であるのにくらべて、サンフランシスコは人工的に処理された美しさです。
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ニューヨーク Hotel New Yorker 34階33号室
窓からはハドソン川の夜景や街の灯が非常に美しく見られ
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明るい陽の下で見たニューヨークは、とても汚い街でした。
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本屋の戸棚の一番上は手が届きません。
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便器の位置も日本より高い。
結婚する時は背の大きい女の子としてサイズの大きい赤ん坊を生まねばならぬと考えてしまう。
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日本クラブでのアパート捜し。
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部屋代 125ドル
アパート 2 Bedroom 1 living $250 – 300 / 月
安いアパートは非常に汚くて危険な場所。
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健康保険 $3.8 / 週。
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Design Guide 一式を与えられる。
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外国人といって紹介されたのがイギリス人でした。
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初めて外国へ来た日本人として驚いてくれる英語力でも、一緒に仕事をすると全く役に立たない。
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乗り物の便はある訳ですが、間違えるのがおっくうなので、歩き廻り疲れ果ててホテルへ帰る。(三時間位)
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地下鉄 → 人間というよりも物体を運ぶ容器 → 名古屋の地下鉄とくらべて清潔で明るくない。
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地図を大きく広げ見ながら歩くが、誰も注目しない孤独な不干渉の世界。
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警官(Officer)は感情もない調子で早口。 → 全く誰かのことが気になっては住めない。
バス 20セント
地下鉄
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短いスカート
トンボ目玉のようなサングラスをして闊歩する。
若いか年寄りかがわからず。髪は長かったり短かったり。
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高い教育レベルのPreliminary Group
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責任制がはっきりしているのでどこまでが誰の責任かとよく言われる。
建築家と交渉する人、交渉範囲、決定権が全部規定されている。
→ 破れば直ちに解雇されると書かれている。
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仕事は時間どおりに終る。
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徹底した個人主義、昼食は皆それぞれに勝手に好きなところへ。
→ 私生活については全く別々。
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支払いは週の月曜日に二週間の集計をして、その週の木曜日に払う。→ 完全な時間給。
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税金 Social Security 保険を控除される。
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104番街の日本食品の店。
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養毛剤はほとんどありません。 → 黒い髪は禿と目立つ。不利。
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歓迎カクテルパーティ。 317名。
インド人、ドイツ人、ハンガリー人、若い人から四十代の人まで、女性も三十才過ぎ。
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日本食堂もある。 → さしみ、てんぷら、どんぶり、酢の物、5ドル以下。
高級の日本の料理屋、10ドル以下では食べられない。
すし屋もある。
中華料理は最も多く安い。
日本本屋も二軒。
ビール・・・20セント パーマネント・・・20ドル 高い
セントラルパークで射殺された女の人
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280 内訳
Tax、Social Security ・・・55ドル58セント
Insurance ・・・・・・・・4ドル88セント 約80%
月に70~80ドル貯金したい。
$600 / 月 ――― 手取り$470 / 月
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Preliminary Groupは技士(Engineer) Production groupは未熟な人もいる。
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朝食 Ham eggs(2) or Bacon eggs / Bread 2 – 3 pieces / milk / coffee / juice
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若い人達は家からサンドウィッチを持って来ている。
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リバーサイドパーク・・・白人達が日光浴をしたり本を読んだりしている。
セントラルパーク・・・・黒人やプエルトルコ人が多い。
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暑いと思ったら寒いような日が来たりして変わりやすい天候です。
7月
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環境の違った「緑」の十分なプリンストン。
ニューヨークからバスで約1時間半。
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プリンストン大学 アメリカで三番目に古い。男子だけの大学。
月謝 $2,100 / 年間 (76万円)
ニュージャージーの田舎は車がなくてはなんとも仕方がない。広い道路が続くところに点々と家があるという風景です。夜は暑いのですが朝方は爽やかな日もあります。
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7月30日 ニューヨークフィル80 セントラルパーク Outdoor Concert 8万7千人
毛布、セーター持参、夜は涼しく終わりになれば寒さを感じる。
8時30分にはじまり、10時30分ごろに終わる。
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インターナショナルセンター $5 / 年間
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社員のインタビュー。
人間関係を良くするために、社外のコンサルタントがこれをする。
不平不満をたずねて、誰が言ったかをいれず報告書が出される。
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残業による臨時収入。
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早いエレベーター、二十三階で約30秒(十五階~二十四階のエレベーター)
レディーファースト
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寝言は英語で発音が上手に聞きとれないと冷やかされる。
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英語だけで生活しているので、同宿の日本人達と比べて早く上達する。
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日本関係の商社の爆発が度々あり。
三井船舶、三井大阪商船の二隻の船底に穴をあけられ、ロックフェラーセンターの日本交通社が爆発されたのと続き、東京銀行の爆発です。
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ラジオ・シティ・ホール ラインダンス
8月23日
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毎週のセントラルパークコンサート
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激しいソ連非難 チェコ問題
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国連の安全保障理事会の中継と お上りさんの人達で一杯の街
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インターナショナルセンターで習う英語 → 毎週月曜日
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一人でぶらぶら歩くのが愉しめるような気分になる。
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激しい雨 シャワーはある。
マンハッタン島に落ちる雷はほとんどエンパイヤーステートビルに落ちる。
→ 雷による被害はない。
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近代美術館 ホイットニー
芸術かガラクタかの区別のつきにくい陳列品、展示作品、遊び半分か、真剣か。
Admission fee : $1
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Madison Avenue 画廊、美術品、骨董の品。
高級洋装店は生地を並べていない。
9月
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Edward Nash
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English in Action Bill Swinney
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日本で五千円以上のウイスキー(Scotch)が7ドル(2,520円)
700円 当時1ドルを100円と考える。
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ベトナム戦争
→ Immigrant Visaの人は必ず登録しなければならないのが本当だが、登録しなくても罰則はうけない。
徴兵うけたら、帰国する。(ピーターの例)
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東芝テレビ$99(12インチ) $237(15インチカラー)
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9月の雨。だれも傘を持っていない。街の中は走らない。我々とは大分異なる。
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夜中まで続くLabor Dayのパレード 5th Ave.
10月4日
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風が非常に冷たく、日が照っていても寒さにふるえる。
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もも引き をはいて、日本のオーバーコートを着る。
→ 外人は もも引き なくぶ厚いコート
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クリスマスから1月1日までアメリカ人もほとんど仕事らしい仕事をしていませんでした。
12月31日は飲みつづけて年を迎える。
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ニューヨーク港のストライキ(港湾労働者)
日本の船がたくさん停泊している。
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1969年2月8日~2月10日(月) 雪
ニューヨーク市内 15インチ 市外 20インチ
200名内17名出社 → 最終40名位
塩をまく車の活躍
ストライキ中のためハドソン川に停泊中の船が氷づけになる。
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バレンタインディ
→ 亭主が女房に何か買って贈る日とか。チョコレートでハート型のものが売られています。
Jackie からの贈り物。
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ルビンシュタインを聴く。 カーネーギー ホール
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メトロポリタンの切符買い
金曜日の朝七時前に出かけて予約し、日曜日の朝七時半に再確認し、月曜日の八時に番号券を得て、十二時にはじめて本当の切符が手に入る。
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幅広い知識を持っているのが強いアメリカ(数多くの範囲の)。
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$500で東京銀行に口座作り → 小切手で支払う制度。個人小切手。(Personal Check)
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安いレコード、ゴルフ用具。
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パレードの多い国 → 最もアメリカらしいもの。
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Labor Day
10月6日 5th Ave Down Town から Uptown ~ Central Park迄
八時間かかる今日のパレード
10月12日 Columbus Day
11月 大統領就任パレード
11月11日 Veterans Day Parade
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腰が細く脚が長いのでよく似合うラッパズボン。
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トスト ドンガルロ ダンスパーティ
$8.25、10月金曜日、九時に始まって一時に終る。
ウインナーワルツやメキシカンハットダンスを初めて踊る。
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近代美術館 フィルム図書館
古い映画を見る。Nell Gwyn
ピアノ伴奏つき
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New York Times に載った川端康成のノーベル賞受賞
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昇給 $140 / week 三ヶ月以内で$25up
PeterもSureshも昇給していない。
Peter: 昇給しなかった会社をせめる。二度もマネージャーと交渉しているが四ヶ月たっても全然昇給していない。
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全く気が遠くなるような素晴らしい顔ぶれのメトロポリタンオペラ
→ 給料もあがったので毎週でかけられる。
9月21日 Adriana Lecouvreur Tebaldi Corelli
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毎日曜日に四週間先の演奏会の切符が発売
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親切なアメリカ人
Mr. Hays - 昼食をご馳走になる。
Bill Swinny → NBC Johnny Carson?
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税関で中味をチェックされる。日本からの輸送品
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芸術新潮は新本を買うと二倍。
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Ellenと10月28日 Bernstein(New York ■)
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丹羽悟子さんを訪問する予定。
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West Point 見学。
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赤い色がほとんどない紅葉。
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さしみの食べられないジャッキー(臭いでだめ)
→ 他の日本人のような日本式のアクセントのない英語とほめられる。
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サマータイムの終わり。
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二時間並んでラインの黄金は売り切れ。セビリアの理髪師を買いピーターと出かける予定。
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冬用のアノラックは大人のコーナーになく、少年用のところ(Boy’s corner)で一番大きいものを$18で買う。
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風邪はBooster shot。
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Hammond Museum (九つ目です)
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10月31日はHalloween - カボチャを使いおとぎ話のようなことをする。
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暑いくらい暖房が効いてシャツ一枚。- 窓を少し開けて寝る。
乾燥しすぎるので、鉢に水を入れて置いている。
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大きな計画の前に小さな(実大)模型 -mock-up- の建物を作るための計画
10mx10mの2階建
柱は全部で七通り材料、ガラスも種々の材料、天井材もいろいろ選択 → これで決定する。
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11月28日
Thanks Giving Day American Familyへ訪問。
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12月7日Billの家庭パーティ。ゴルフに行っています。
29階
20人位で夫婦は唯一組。未婚の人達。
Billの友人達、Doctor, Lawyer, Teacher
もうそんなに若くないので馬鹿騒ぎをしない。
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クリスマスセールはやはり半額。
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12月に入ってのはじめての寒波。四日続きで零下6,7度
もも引き をはいて、チョッキ、セーター。
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街で水を流すことは禁止されている。
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12月6日に二回目の予防注射。
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11月25日 → 再び昇給 $15 / week
5ヶ月もたたないうちに二回も昇給してと,うらやましがられる。
英語の学校へ$112、音楽会で$60、レコード$50、本$150 使った。
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19日クリスマスパーティ。
23日クリスマスダンス。 クリスマス特売中。
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花を買ったり、酒を買ったりして、潤いを求めている。
花は非常に高い。
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正月に電話をすると先に手紙で知らせる。
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12月27日 クリスマス
ビルの両親と
その後、Sweden夫妻、Chinese夫妻、Norway夫妻で、monopoly
アメリカ人らしく金もうけのゲームです。 → 順番に破産していく訳です。
土地を通過して金を払ったり、Utilityを買ったり、土地を交換したり、建物を建てたり。
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アポロ8号は大統領選よりアメリカ人の心をとらえているようです。
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唯一科目のみを深くすると、特殊能力者とは認められるが、歯車になる。
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三月からメトロポリタン美術館へ夜出かけて講義を聴きます。
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3月7日、ボストン、大学都市
雪 30cm~50cm 残って、公園は全く絵になる風景です。
道路は曲がりくねって細く、タクシーは全く便利さを失っている。
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市内を歩いて史跡を訪ねるルート。
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Lazy AmericanのLobster。
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Petitionを出してもらって延ばす。
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男女両方が働いて遊ぶ。働いている女性を支持する。
本を読んで外国を知るのでなく、生の物を知っている強味。
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消費中心主義、物質主義が、金に対する考え方、価値を教えてくれる。
「金」に全く無関心を装う風は偽りである。
その意味でアメリカ人は寧ろ正直である。
アメリカ横断旅行を計画しているので金をためる。
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アメリカ人の中に溶け込んでアメリカを理解するためには、ある程度の支出は覚悟しなければなりません。こちらにいる日本人達は日本人だけの集まりを作って、あまりアメリカ人の中に入り込まない様子。趣味が唯ゴルフだけというのはあまりに淋しい。
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Feasibility Study(Team)
自分の考え方を示すと、電子計算機専門の人が結果をだしてくれる。
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4,5月に50人の退職命令が出ました。二週間前の言い渡しです。退職金などの一切の手当てはなしです。単純な仕事で雇った人が長くいるとそれだけ多く金を払わなければならないので新しく雇った方が良い。
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4月末からサマータイムになったので8時でもまだ明るいです。
夏は夜9時ごろまで活動時間でそれぞれの 楽しみに費やすというのがアメリカの人達です。
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こちらの春は一気に訪れるのか。色とりどりの衣装が行き来して花が咲いたような明るさです。
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復活祭(4月6日)を境にして完全な春の様相です。
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La Boheme (ラ ボエーム)
デバルディ「ミミ」とコレルリの「ロドルフォ」最高の感激、6階のカーテンコールに興奮して
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日本から送金$450 / 月 萩田さん
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4月18日
ビルのアパートでのカクテルパーティ
チェコの学生、バーバラの送別会
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公平にながめない ソ連への悪口(ほとんどのアメリカ人がいっている)
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パーティの参加者 Bill
IBMのマネージャー、CBSテレビの監督、高校のアメリカ文学の先生、株式広告販売宣伝の人、とかの種々の階層
パーティは酒を飲むだけでなく、個人間で商売のやりとりをする。
有意義なパーティ ――― 私的で実用的なもの
どんちゃん 騒ぎのもの
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二人の子供をベビーシッターにまかせて外へ出る普通の若い夫婦
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ラッパズボンがミニスカートを完全に圧倒
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5月21日
毎日午後は会議
重役室や重役会議室を使っての会議
英会話の上達、技術問題、経営問題等で突っ込んで知ることができる。
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4月は雨のシーズンで5月もまだよく雨が降る。
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地下鉄にこもる肌のにおいと汗の臭い。
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何から何まで自分でやる忙しさ。思うように手紙も書けぬ。
風呂、洗濯、料理、本読み、勉強、テレビ、レコード聴き、音楽会、公園、散歩・・・
そんな気安な毎日でない。
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June Bride
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自立した女達
貯金をする日本の女と貯金額ゼロのアメリカの女。
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Memorial Day 5月30日
いつも休日は三連休になる。
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給料$10昇給
5月の例 $140、$165、$180、$190 年収一万ドルにもう少し
アメリカ人の一つの目標値にもう少し。働き始めて一年もたたず。
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旅行は6月28日~7月19日 21日間
(アメリカ横断) 予算$800
6月12日 真夏の夜の夢 シーラと
6月18日 「ハムレット」 ロングアイランドへバス
6月10日 椿姫 セントラルパーク オペラ エレン
読み始めた本
カミュ Critical Essays
ドストエフスキー The House of the Dead
サンテクジュペリ The little prince
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今週は机が二つ。→ 参考図面を置く机と書く机(図版)と高い椅子
配置換えになって低い机に低い椅子一つの、ボス達と同じ楽な環境となる。
→計算したり、技術検討したりしているので、机一つずつです。
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アメリカ人の贅沢な旅行。
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暑い日が続くと黒人達が夜寝られないので街中で騒いでいる。寝苦しい夜。
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6月10日 セントラルパークオペラ
萩田さんと無料野外オペラ
7時10分前についたが良い席はなく8時30分に始まりました。
世界一流の歌手達。
6月21日 シーラと「リゴレット」
ピクニック気分でござ を持って、芝の上でぶどう酒を飲んでサンドイッチを食べたり
便所は長い列
6月15日 父の日
父権より母権の強い国なので特に父の日は大事。
エレンの家へ行く。(夕食ディナーに)
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グループの旅 30人
家族ぐるみのシカゴの人 6人
他は2人組以上、単身参加は自分のみ
一緒に正装して夕食したり、パーティを開いたりして、知識を学ぶというのではなく、アメリカ人の考え方、家族間の様子が良くわかる。教師が3人もいる。教師にとっては最良の夏休み。サラリーマンはいない。一番の大都会に住んでいるのが自分。
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ヨセミテ
歩くのはあまり好きでない → 自転車で散歩 2時間30分
プールに入りたがり、肌を焼く。
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ヒーピーを理解するのは難しい。
ほんとうの純粋を持ち合わせているのか。「怠け者」なのか。「彼らは悩んでいない。」というのが率直な感じです。
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トップレスは体の均整のとれた美しさに圧倒される。
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7月12日
ラスベガスで見た カジノ・ド・パリ
馬鹿馬鹿しく飾りたくった衣装で走り回る踊り子達にさかんな拍手。
→ 食うことと遊ぶことが彼らの人生の目標のようです。訓練された目を持たなければ日本の微妙な良さを認識させることはほとんど不可能と納得。
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ロスアンゼルス
見ごたえのある近代都市。自動車がなくては何処へも出かけられない設計下の都市の典型での建物の魅力。
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やせすぎの金髪がアメリカでは美人のようです。
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ディズニーランド
いずれにも料金を払わなければならない。勉強するのでなく遊ぶ目的で行くところです。
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セントルイス
黒人と白人の数が同じという特殊な市。
古くから黒人達のいる街なのでニューヨークの連中より豊かでしょう。
7月16日はアメリカ人工衛星、月ロケット発射の日、うまく月から離れることができるのか。
テレビはこの話題で持ちきり。
この結果はニューヨークで聞きます。成功すればお祭り騒ぎになります。
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セントルイスでアポロ11号の発射をテレビで見る。
セントルイス ー インディアナポリス ー コロンバス - ピッツバーグ - ニューヨーク
約22時間のバスの旅。
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月ロケット Time&Lifeの前に宝物大のルナ・モジュール
ビルの内部は、ロケット、宇宙食、通信網が展示。
月曜日の夜中の2時何分に月へ到着するので、翌日月曜日は多くの会社はこれを記念して休日。株式取引場も休日。シスカヘネーは半日。
これに要した費用は日本の国家予算の二倍以上ときく。その豊かさのけたはずれに驚く。
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冷房装置のある旅のホテルを想い出して暑い夏をすごす。
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新聞売り切れの日が2,3日もあります。月ロケット成功。
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8月8日、9日、10日
タングルウッド音楽祭、ニューヨークから車で4時間半。鈴木夫妻と一緒に。
日曜日は行き帰りの特別バスがある。
芝生席 3ドル、 中 8ドル席、5.5ドル席 6,000人の予約席。
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冷たい雰囲気で競い合う。無駄口のないグループ。
8月末
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日本食一式
米、しょうゆ、みそ、ソース、サラダ油、ドレッシング、ポン酢、酢、こぶのつくだ煮、きゅうちゃんづけ、らきょう
電器コンロでなべ料理
みそ汁の中味は豆腐、もやし、たまねげ。
2月に1度は卵サンド、ハムサンド、まぐろのサンドを作って持っていこう。
9月ニューヨークオープンは小沢征爾、歌舞伎の上演、NHK交響楽団のカーネギーホール演奏
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Preliminary group 国連増築
選りすぐられた人達で構成され責任範囲がお互いにあってあまり干渉がありません。自分の分担は地下一階、一階、二階、三階の南部増築棟。かなり負担がかかり先週五時間の残業をしました。お互いに無駄口をしないで唯仕事のことだけに集中している。現在三人でこの仕事をしている。
+ Draftsman 1 見積掛 1
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日本の夏の夜の夜店をもっと多彩にしたグリニッチビレッジ
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秋の気配
日本風着物のようなくるぶし迄あるような長いものが出まわり出しました。その下は極短のミニスカートですが外からは見えません。
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ニューヨークタイムズで数日話題の歌舞伎
ビルと一緒、エレン
忠臣蔵(あまり喝采なし)と鏡獅子(梅幸、松緑、菊之介、辰之助、菊蔵、九郎左エ門)
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メトロポリタンオペラ 賃金値上げのストライキ
9月中旬開幕が、10月13日になる。
時々くたびれたような気がして何もしたくない時は怠け者となって寝ることにしています。これが一番良いようです。
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アパート 月115ドル ガス代電気代のみ 6ヶ月リース
権利金のようなもの 1ヶ月前払いで、最後の月は支払わなくても良い。
電話申し込み料 $40 / 年、これは返却される。月規定料金 $6 / 月
マンハッタン市内、70通話まで有効。3分1通話。
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鈴木さん 自動車を売る。
ニューヨークに住んで必要がないとのこと。
マンハッタンは自動車税や保険が特に高いので車を持たない。
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One beacon streetで McGrawhill Buildingで研究した方法をComputerを用いて行った。John Kettlemanの責任のもとに最初から自分の思うようにやっても良いとのことです。
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掃除、洗濯、料理、買い物、日々の仕事、学校、音楽会、帰る頃には随分手のかからぬ人間になっている。
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社内講習会 毎週水曜日
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10月~11月の澄んだ季節
ニューヨークの中に自然の息吹を感じる時だけニューヨークを見直す。
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市長選 リンゼイとイタリア系二人。
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エレン
アメリカ卒業、イタリア、フローレンス(シエナ)で美術史を勉強。
アメリカ中流から上流。
たいくつするか、疲労するか、かまわず「あくび」する。
Excuse me
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インテリ女性は結婚が遅い。
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忙しい時は他人のことなど本当になおざりになります。一人で生活すると生きる為の最小の規律が守られて始めて他人に目が向けられるのでどうしても不義理になります。
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学校と昇格のための資格。
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金で自由になる芸術家達。メトロポリタン歌劇場、歌手達のストライキ
→ 高い理念や永遠の真理の追求と
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ヨーロッパ経由 Air $890
太平洋 $500
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零下5度くらい。男達の半分位はレインコートのような薄いコート
若い女性達はマキシムコート
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自分が正しいということはお互いにゆずらず主張して最終的に相手の欠点を理論的に突いて自分の正しさをこれも又理論的に証明することによって終わりとなります。
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Ludovico アパートに来る。
美術、彫刻、建築、音楽、そして哲学に共に興味を持つ。
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日本からの出張員たちは休暇が十分とれない。
日本の給料に比較してかなり高額をもらっているので、外へ旅行したりすることは禁じられている。日本に居る人を刺激する理由です。多くの人達が直通でニューヨークに来て帰りにハワイに寄るくらいだそうです。
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鈴木さんもお金がないのでアメリカを十分見ていない。
1970年2月
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レコードは買い方で異なる。
定価 $5.98 → Korbet 安売りデパート $3.14
San Goody $3.54 (新聞広告を見せる)
Record Hunter $3.86
多少質が異なる $2.50
(多分一回使用したもの)
貧乏人は安い店を探し、金持ちは安い高いにかまわない。
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オペラ見学の切符にしても4週間後の切符を買う人たちは、$4.50(Family.)、$6.50(Balcony)、せいぜい$9.00(Dress)まで予約している人達は$14.50
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アメリカで支払うこと。日本への着払いはだめ。
日食に出かけ、日食がすすむにつれて叫び声をあげる。(映画館での拍手)
(Ludovico Maria Luisa Daurd)
MicaelaとMarcelが凧を上げて、その後何時間も木馬(メリーゴーランド)に乗る。馬鹿らしくなって帰る。




Across the USA / アメリカ横断


6月29日
ラ・ガーディア 快晴に近し
空調装置故障のためか、機内むし暑く、出発遅れる。忍耐力については、アメリカ人が優れる。予定出発時12時30分が2時となっても、結構不満が爆発せずに済むというのは、果して彼らの相互不干渉;無関心に基づくものだけだろうか。ラ・ガーディア・エアポートの「ウエスタンフライト インシュアランス」は、全くもって、無愛想。喧嘩言葉を吐いて、結局そこでのレジスターを諦めたが、彼女らの態度を是認すべきか。日曜日に働かされている不満が表情に顕れていると見たのは、あまりに深く考えすぎか。彼らにとって正当な不平とは、何を言うのかわからない。Kansas Cityは所謂アメリカの田舎都市なのだろうか。美しい緑につつまれ決して高層でないビル群のダウンタウンが、色とりどりの個人住宅地と極だった対照を見せていない。日本の狭さと貧弱さをまざまざと見せつけられた日である。初期開拓時にスペイン下にあったのか、スペイン建築を積極的に消化した街並は美しい。車の数の僅なさと道路の巾広さから考えれば、交通事故はあまり考えられない。日本はあまりに多くの人々が、あの狭い国土でひしめきあっているという実感がする。本当にアメリカが金持ちであるという実感は、ニューヨーク市内、マンハッタンでは受けず、寧ろ、ニューヨーク郊外ロングアイランドや大陸の中心都市カンサスで持ったのは、ニューヨークはアメリカに存在している、アメリカを象徴しない国際都市といわざるを得ない。ビルの両親は心からのもてなしをしてくれた。裏庭の芝生でビルの父が自ら焼いてくれたLambは、アメリカで食べたあらゆるステーキよりもうまかった。20,000ドルの家に住み、子供達に大学教育を与えて、彼らの独立後は老夫婦のみで生活しているこういった類がかなり見うけられるのは、やはりアメリカの豊かさであろう。室内は骨董がかったものが多いのは、ヨーロッパでもこういった傾向があるのだろうか。ユニオンステーションにあるAstro Theatreがエロ映画を見せていたのには驚いた。勿も日本のエロ映画の陰気な倒錯性に比べればはるかに明るく、多少露出度過剰といった程度で許し得るものである。セックスに対する過大意識が、我々の判断力をかなり狂わせているように思う。がしかし、アメリカの完全自由に近い開放には、まだまだ全面肯定の域には達しない。9時P.Mの温度87℉ 暑い街である。
6月30日
「エル キャピタン」と呼ばれる上等の汽車が、大陸横断の道案内人となる。新幹線に比較して速度は劣るとして、内部装置は贅沢なものである。二階建の車輌の下部は便所になっているので、十分なスペースがある。便器二つと洗面器三つが、男便所の中である。景色は単調そのもの、広大にして平坦、鮮やかな緑につつまれているのでもなく、澄みきった空の青さも見えない。うっそうと茂る森すら見ない。確かにアメリカは、異常に拡がった土地を基盤にして存在している。物指では、全くもってミリメートルは要らない。時折見かける牛の牧場が、人間の存在を示しているが、牛の数が人間と牛との主従関連を逆転している。20分の小休憩。車中での宝石(gem stove)の販売、1.25ドルで買う。商業主義に徹底している国では、消費しなくては場を失うようだ。朝食時に鉄道の人と話し合う。アメリカ人の親切は本当だ。24時間近い連続乗車は流石に疲れる。エジプトを旅すれば、車外はこんな風景が連続するのだろうか。遠くの三角形の山々がピラミッドのように影をなしている。山頂を通る時は速度も遅いが、日本のように目を見はる海の青さや谷川の美しさは皆目ない。全てが灰色がかった最低のエネルギーを示している。裸の岩々や山にわずかに点在するブッシュだけが、自然と呼べるものだ。全てが枯れきっている。かつてはあったであろうさわやかな水は、今は崩壊の名残りをとめる。インディアンの家々同様に、裸の川底に幻影をとどめるにすぎぬ。Albuquerqueに到着して、はじめて街らしき姿になる。そして景色も単調であるが雄大で広大である。インディアンが白人達と斗争した平原と考えると、今は全く静謐の平和が嘘のように思われる。涯しなく続く平野は寧ろ偉大にして神聖な自然の力を象徴してあまりある。雲を通しての光が幾筋にも空間に流れて、天なる神の支配が、この全く何もない平坦な土地に降臨している。誰もいない唯わずかの植物を認めるだけの国土がこんなにも広く許されるのが、アメリカの豊かさであろう。自然が形造った偉大な彫刻群を窓外にながめる内に、いつしか黄昏の時を迎えた。地平線上があかね色に染め始める頃は、安寧と救済の思いに誰もが包まれるであろう。樹々が黒のかたまりになるその直前には、空の青さと橙色の地平線上が完璧な調和を示す。静寂の沈黙の中に、明日への活力を再生するため、我々は快く身をゆだねる。もし、我々に暗闇の沈黙が与えられていなかったら、我々はどれほど、疲労困憊するか測り知れない。闇の中に飛ばす想像の翼は、抑圧された心を完全に開放する。恋への渇望、郷愁、未知への挑戦、そして誰もが闇の中では逃れることの出来ぬ敬虔なる自責の念。我々は浄化され、我々は生れ変り、明日を生きることが出来る。あらゆる時の連続が白日の下にさらされているとしたら、寧ろ我々はそのまぶしさ故に真実を見失うであろう。星が輝きはじめる時に、我々がどれ程多くのかくされた「真」を悟ることであろう。
Day light saving time 故に、1時間時計を遅らせ真夜中半にグランドキャニオンに到着。山小屋造りのホテルは、壁ごとにいびきが聴ける愛きょうの良さである。明ければ雄大なれど、いささか単調をまぬがれない峰々が涯しなく連なっている。二階からののぞき見では、地獄の底は実感できない。ロバが旅行者を運んでいるというが、もう一日滞在したいところである。夜半に森の上に見た月や星は、日本の高原での思い出をよみがえらせる。肌寒い夜気が日本を臭わせた。又来る機会があるのならば、自らの足で谷間に降り、又登って帰りたいものである。写真的な感動はあっても、身にせまる迫力がないのは、あまりに我々とかけ離れた存在故だろう。今まで愛した山々は決して外側からの観賞のみではなかったことから考えても、こういった上面だけの訪問には多少の落胆をまぬがれない。しかし朝(あした)にうすもやの中に見た偉大な魂が、乾燥した大気を貫いて輝く太陽にそのかくされた雄姿をのぞかせた時には、谷底に通ずるトレイルが何と親しげに微笑みかけていたことだろうか。
FRESNO市は都市計画的に見て、かなり行き届いた設計が感じられる。かなり古い街であるにもかかわらず、1800年代の建築物と全くモダンな建物の混淆が、不自然なく行われている。高層でない建物が許される土地の広さがうらやましいかぎりであるが、将来日本に於いても、農村が都市化する段階では、こういった設計も可能のはずである。特別に高層の建物が我々が泊ったホテルであるが、これが寧ろ調和をくずしているように思われた。一つのアクセントとして全体を引きしめることになっていないので、悪い面が強調されているようであった。性格不明の都市が存在する一例がここであり、極だった工業もなく観光都市でもないのに、交通の中継点のような形で都市が形成されているようである。例えば午後見学に出かけたワイン工場にしても、日本の手工業を思わせるプロセスである。アメリカ全体がオートメーション化されていると考えるのはあやまりで、完全に近いオートメーション化からほとんど前時代的な人手に頼った過程をいまだ用いている工業が混在しているようだ。需要との関係から敢えてぼう大な設備投資をすることなく、現状維持の形で自らの生活のための資金を得ることだけが骨子であるようにも思える。労働意慾は激しい何かに対する欲望がなければ、湧き出てくるものではあるまい。アメリカの夕食に対する最高の贅沢は、ステーキを食べることであるらしい。当夜会食の際、ほとんどの人達が食べきれもしないステーキを注文したのには驚かされた。こういったTourに参加する人達は、決して貧しい階級に属するとは思えないが、彼らにとっては我々が味わえない優悦感を期待できるのだろうか。翌日の全員の会食にしても、十一人の座中、別物をたのんだのは、一人の日本人だけという有様であった。フレスノの夜のプライベイトパーティはコンダクターの私室の見はらしの良い部屋で持たれ、夜景の美しさと相まって人間交流親密化には大いに有効であった。一体にアメリカ人はパーティが好きであるが、同時にそれだけそれを動かすのが上手であるとも言える。各人が一人残らず雰囲気を愉しむということがあの独立心の非常に強い彼等の間でこだわりなく実現されるということは、彼らの包容力の大きさであろうか。教師、牧師、エンジニア、夫人達の中で共通の話題となり得たのは、教育、旅行、表面的な政治家批評であった。一般に言って、彼ら、彼女達はインテリではない。日本にとってはあらゆることが知識として吸収されるのに、アメリカ人には経験として記憶されるということである。彼らの教養は決して深くない読書から得た知識で、議論討論をしたら、我々は相手の浅学に驚いて相手不足になげくであろう。そして我々は彼らの全くつまらぬ馬鹿馬鹿しくてたまらぬ話題にいつか耐えられなくなっている自分をみつける。こういった意味での忍耐は、我々は学ぶべきか席を立つべきか、今は断定できない。時が無盡でないことを教えられた我々には、無為に過す時の刻みには悔恨の情がいつも残る。しかし果して彼らが時間を無駄使いして我々が有意義に用いていると確言できるであろうか。明確な知識のみの発表は単なる意見の交換に過ぎないが、無目的の馬鹿話には予測できない何かをはらんでいるとも言えるかも知れぬ。時の消費に要するエネルギーがどんな方法で費やされようとも等しいとすれば、彼らは集約されたエネルギー、蓄積されて消費されなかったエネルギーを発見するとも言える。唯、我々が二つの方法を同時に認めることは、人間の性格上ほとんど不可能に近い。内気で外交性のある人間の存在はロボットでは可能であるかもしれぬが・・・。
ヨセミテ
単調でしかし雄大な圧倒する力を否定できないというのが、最初の印象である。巨大な岩石をある距離から眺める時我々が感じるのは、多分に畏怖の念のまじった純なるものであろう。しかしそれが連続してしかも形体もほとんど同様で見られると、やはり飽和感のようなものが支配して一つ一つの魔力を失う。森の上に巨大な岩の峰が並んでいる風景はいかにも魅力的に聞こえるが、ヨセミテの絵はがきのほとんどが現実の迫力を全くといって良いほど傳えていないのは、やはり同一パターンによる構成によるものであろう。しかし今日早朝山中を一人歩いてその一々の峰の持つ素晴らしい生命力を見ることができた。どんな激しいエネルギーのほとばしりもある距離をおけば、それを減衰させることができるし、ほとんど殺すことができる。ヨセミテのキャンプ場で我々が見たと感じたのは、その去勢された岩々の単なる形骸を把握していたのみではなかろうか。そこは、生命(いのち)の漲りを肌に味わうにはあまりに遠すぎる。我々が見得たのは観光協会推薦の絵はがき的風景である。人間は足があるから歩いてみるべきである。手があるのは使うためであろう。少なくも自然の中に自分の姿の一かけらでも認めたいのなら、我々は生まれながらに与えられた物全てを駆使せねばならぬ。湖への到達に自動車を使えば、湖と森、湖と山々の交接の状態を一点としてしか見ることができぬ。しかし幸にして足を使ってのそれへの到達には、彼らの葛藤、いがみ合い、そして愛の姿を生々しく見ることができるのではなかろうか。鳥々が半分朝日に洗礼され始めた峯々に唱和しているさえずりの中に、自らも同様に不死を約束されない宿命を悟るであろうし、それだけに生命のある現時点を自らで客観的に認識し得る喜びがあるはずである。
アメリカ人はどうしてあんなにプールが好きなのだろうか。山に来てプール、街の中でプール、肌を黒くして何の満足感を彼らは得るというのか。自然の中に居ながら、人工の施設にしか身をまかせることができなくなった人間は、もはやロボットの系類に属するともいえる。山があっても近づこうとせず、車に全て身をゆだねる気持ちが果して将来の我々に何をもたらすであろうか。或は我々は不死であることすら否定しなければならなくなる程、動物属としての存在位置が危険にさらされているのだろうか。アメリカ人は自転車や通行人を避けるためには、十分すぎる位余裕を取る。ほとんどセンターラインオーバーしてさけるようだ。気質・・・馬鹿ばなしのたのしみ。けっして喧嘩にはならぬ!
サンフランシスコは、想い出の街。アメリカ大陸第一歩の昨年のことが、そのまま鮮やかな記憶として甦る。一年のアメリカ生活により、心にゆとりを持って街を観賞(admire)できるまでになった。都市計画に見れば、サンフランシスコは多くの欠陥を有しているようだ。将来の大都市への発展を試みようとするならば、交通問題解決が先決となろう。地下鉄工事中とのことで、ここにも新しい息吹は感じられる。市街の起伏の多い魅力は、観光資源としては価値あるものだとしても、それが大発展の大きな障害になっていることは否めない。問題のヒーピーは汚らしい風体を街の中にさらしている。彼らの唱える「愛」がどういう型のものであるか理解できないが、直感的にいって怠惰者達と見られた。たしかに、心を押えて自然でなく行動することは人間性に順応しているとはいえないかもしれない。しかし、人間であるということは動物の範疇にありながらそれを超えた何かを有しているという意もあろう。動物のように全く何の心理的拘束なく振まうのが、果して現在の我々に最も必要な部分かどうか疑わしい。貧乏だから汚らしい格好をしているのか、或は汚らしくありたいから勤勉でなく貧乏に身を置いているのか判別できない。裸足であるくことが果してそんなに意味のあるものか。しかも舗装された焼けるようなコンクリートの上を何が知りたくて彼らは歩くのか。清潔でないということが社会に対する一つの反抗であることは確かだ。祖先たちが作った規格や法が、今や我々の間で無意味な掟になっていることも認める。しかし、新しい社会の建設、改良のために彼らが何のエネルギーも用いていないとしたら、彼らの態度のどこに肯定すべき部分があろうか。悩みを昇華するために、別の次元への逃避しているのではなかろうか。悩みを直視してその中に身をゆだね戦斗し傷つけられて獲得する何物かの方がより輝けるものに想える。仮令、敗者となってもそのアプローチは許されるであろう。ヒーピーの新聞には若い人達の芯に巣食う潜在して克服できない何物も含まれていなかった。セックス交換の広告文章は、一体何を物語るのか。経験を通して何かを得るという彼等(ヨーロッパ、アメリカ人)の態度は、思考を通して何かに到達しようとする我々の過程と大いに異なる。物質主義の浸透した彼らの頭脳をどうして精神的なものに入れかえることができようか。
トップレス&ボトムレスは実に愉しい見ものであった。彼女達には何のみだらな表情を見なかったし、寧ろ健康な若さの発散に湧れていた。身体的なハンディキャップ故我々は彼女たちを真似ることは出来まい。踊りと酒の酔いの中にたん能しながら、肉体的な美に恵まれた西洋人を多少うらやましく思った。しかし非常に近い将来日本にもセックスを健全なるものと見る考えが来るであろうし、その時には、所謂ストリップは卑わいなものとして排斥されるか、少数の倒錯性欲者達にもてはやされるだけになろう。夫人同伴、恋人同伴という雰囲気は、彼らが刺激を求めているとしても見ていて悪いものではない。或はひょっとしたら、彼らはもはや純粋性を完全に喪失しているのかもしれない。公園の愛撫には何か被虐性を見るのをまぬがれない。唯、アメリカにもこういったものを否定する(いみ嫌うといった方が良い)人が居ることもたしかだ。同行している人達の全部がこの著名なサンフランシスコのトップレスを見物しなかったことが、このことをよく物語っているように思う。実物を見ることもなく概念的に評価して、それを避けて通る人達がアメリカにも居ることは新しい認識であった。夜のチャイナタウン見物では、彼らの食物に対する欲望と表面的こっけいさに十分満足させられる様子を知ることが出来た。とにかく彼らは笑わねば気げんが良くない。馬鹿馬鹿しくて最後には笑えなくなることにさえ、彼らの笑いは毒されることがない。
滑稽さが一つの芸術として認められる日本を幸いに思うこと大いなるものがあった。文化ということは必ずしもしかめ面を必要とする訳ではないが、その中には洗練され鍛錬されたエッセンスがあるというものだ。唯、語学の不如意もあって、十分に彼らの反応をとらえることが出来ぬのでは、或は大変な誤解をしているのかもしれない。安物を数多く買う彼らの心境には、日本人には理解できない多くの部分が存在している。旅行中でもある訳だろうが、毎日ズボンやシャツを着替えるという心理も十分のみこめない。Traveling Lightの主義から言えば、完全な反分子であるが、これが実態であれば認めざるを得まい。
サンフランシスコの美術館の貧しいコレクションは、日本のそれを想い起こさせたが、何よりも別セクションにあったマシーン展の作品の理解しがたいのには閉口した。単なる遊びともとれるこうした一連の作品を芸術品として見る必要があるのかと疑問に思う。努力というものが全然感じられぬ思いつきの作品が陳列されて、1.50ドルの入場料をとるのも驚きである。夜久し振りにクラッシック音楽に安らぎを覚えた。
サンフランシスコ→ロスアンゼルスは、カリフォルニアの典型的な田舎を見ることができる。単調ななだらかな山腹には、多くの果樹が植えられ、その間を自動車道路が走るというスケールの大きい絵である。汽車は乗客に景色を見せるためかの如く、あくまで緩く動いている。実に平和な静止して生きている世界だ。蛇行して走る車がその姿を右に左にめまぐるしく代え、その度に新しい陰影が車内を往き来する。ドームカーは乗客に思いのたけ奉仕し、我々に飽満の感を抱かせる。
ロスアンゼルスは近代都市の姿を見せている。交通機関は全て車に依存している。タクシーを見ることが非常に稀であることから察しても、各自が車を持たなければ生活できないことを物語っているといえよう。しかし、夕刻時には交通混雑ともなる故、将来どのような形でこれを解決するかはあらゆる都市の共通問題となろう。
新しい建築物を次々に実現できたのも、新しい都市の拘束のない自由さだろう。道路に沿って並ぶ家々は、それぞれ特色があり目を楽しませる。映画産業斜陽とはいえ、この都市形成時においては、その力大いなるものがあったろう。TVの発達が映画を食っている日本では、後者がかなり芸術度の高いものと評価されているのに対し、アメリカではミュージカルショーから、膨大な金銭を水のように使うスペクタクル映画まで、TVとは異なった分野をになっているのが映画であろう。共存繁栄の意からは全く望ましい形であろう。映画スターの住宅群はあまり興味をひかず寧ろ多少馬鹿馬鹿しい気がしないでもなかったが、ユニバーサル映画スタジオ見学は大いに学ぶべきものがあった。書物で読んでいたのとはかなり違う点を知らされたが、特に大半がセットによる撮影であることは大いに驚きである。金がありあまるアメリカでは、ロケーションは必要としないのだろうか。或はロケーションの方がコスト高なのかもしれない。所謂スターというしろものが、このHollywoodでは王様、女王様として君臨している馬鹿馬鹿しいといって良い街だが、その商品としての値段は予想外に高いのである。
Hollywoodで見た案内嬢達は、ほとんどがブロンドでやややせすぎな女であることから察して、これがアメリカの美人の典型であるのかもしれぬ。大きな乳房は陽気なアメリカ人のアイドルであるとしても、美人コンテストの勝利者を意味しない。特殊な例外は女優の中にも見られるとしても、概してふとりすぎは避けられる。丸太棒のような腕に抱かれる女はそれにふさわしいたくましさを必要とするだろうが、夢を満たしてくれる幻想的な理想像は、形よいプロポーションの長い髪をなびかせるブロンドだろう。
アメリカで女性の最も美しい時期年令は18歳以下15歳まで位のような気がする。Disneylandで見かけた休暇中の高校生達には、みなぎる若さと奔放なセックスを感じさせる。彼らには行動が全てであって、思考は後続するか或は存在しないかである。ニューヨークでは若い女の子から親しい微笑みを投げられたことはなかったが、ここでは随分とそういった愉しい時を持った。或はこちらが彼女らを見つめているといつか意識しはじめてぎこちなくなる様子すら見た。やはり若いのである。ブロンドの美しい髪はほとんどが長く肩にながれてミニスカートもニューヨークで見るよりはるかになやましい。健康な白人の美しさを見る感がしたが、長いズボンが多いのはニューヨーク以上であったがこれは流行が遅れているのか進んでいるのか?ディズニーランドは半日では十分でない。金銭の都合上十分な探検は出来ず残念であったが、新婚旅行か子供づれなら愉しめるところだ。ここにも夢の領域を超えてアメリカ宣伝のパートがあったのは興味をおぼえた。ソ連の宣伝は有名であるがアメリカのような異民族の集合体に愛国心を教えるにはかなりな宣伝が要るはずである。ただそれが極端に走らないものであることを望んでいる。想像していたほどの広さもなく予想外の不思議さを見せつけられた訳でもないのになんとなく親しさを味わったのは、ディズニーの魔術であろうか。アメリカのかおりという点からは、Knot’s Farmの方がずっと面白い。開拓の歴史から、アメリカの根底にある精神みたいなものまでをかいま見たような気がする。「商業化された」とアメリカ人が嘆いていたが自分にとってはディズニーよりもこちらの方がずっと興味をそそった。
Hollywood BowlとかMusic Centerとか是非次回に訪ねたいところが多いのがロスアンゼルスである。サンフランシスコは一見魅力的でありながら集合体としてであって、一方ロスアンゼルスは広大に拡がって焦点がないようでその内に種々の個別な魅了点を含んでいる。多分サンフランシスコでは市内観光バスを昼夜取れば、それで十分とは言えないまでもかなり満足するが、ロスアンゼルスでは単に外郭を見得るだけでその核心に近づくには単独訪問を要する。歩行者が少ないことは当然であるが、同時に派手な男達の多いのはニューヨーク以上である。Businessが映画、TV、Play、等々のきらびやかなもの故、こういった衣装に慣れているのか強制されているかどちらであろう。おしゃれな男達はおしゃれな女達とは比較にならず、全くくだらない。特に老人とおぼしき輩の醜さは、ニューヨークのMake upした老女達といい勝負だ。
Los AngelsからLas Vegasへの道は、まさに広大なアメリカを象徴するが如き風景の中を突っ走っている。黒く舗装された直線が二本、両側の不毛な砂漠に続く山脈の間を抜けている。未開を思わせるこの単調さはむしろ人類発生以上の姿を思いおこさせる。焼けるような太陽の暑さの中で、祖先たちが生きのびようと努力した姿が想像できる。自然の大きさにくらべ人間の脆ろさはかなさを見せつけるこの風景の前には、情状酌量のない厳しさ、むごさ、冷酷さを感じる。許されざる者人間の宿命を悟るようだ。
人間は何故旅するのか。何故見知らぬ土地を求めるのだろうか。ラスベガスの土地にいて何か故郷のような気がしないでもない今、我々の旅への欲望を母の懐をさがす小鳥の心情にも思う。知識欲、物欲では、説明不可能な誕生の時からの永遠の疑問解決への挑戦のような気がしないでもない。不死ではない我々の生命の消える以前に、我々自身で納得できる形而上なる生存の秘密に少しでも近づきたいがために、我々の裡なる衝動が活動するのかもしれない。
ラスベガスの夜は文化不毛のアメリカを見せつける。賭博の町、離婚自由のパラダイスとはうたい文句だけれど、決して理想郷ではない。特に若い人間の訪れるところではないようだ。怠惰と逸楽から何を学べるというのか。衣食とセックスに費やされるエネルギーの何と無駄なことだろうか。所謂やまし風な気障な中年男が出入りするこういった賭博場に思ったほど若い女の居ないのには驚き、寧ろ老中年の遊び人風の女性が多い。或は正妻か愛人か見分けのつかない振舞いである。カジノ・ド・パリはフランス版のアメリカ焼きなおしだろうが、想像以上の馬鹿馬鹿しさだった。舞台の上を右へ左へ走りまわり手を振り回し足を振り上げるのは、どう判断しても体操の領域で踊りとは呼びたくないものだ。厚ぼったく塗りたくった顔には、人形の如き無味乾燥な表情があるだけで、気味の悪い位の目ばりには美を離れて醜さをおぼえた。歌手は叫ぶように唄っている。小さなレストランクラブがまるで騒音ボックスのように音で満たされている。耐えがたい音量の連続に耳をふさぎたくなるのだけれど多くの人達は「ブラボー」とまでかっさいする。微音の魅力を多分彼らは知らないのだろう。でなければ同一の割れるような音量には歌の持つ機能という点から同意できないだろうから。トップレスの女達も唯その大きさを見せびらかすだけの大根だ。吐き気をおぼえる「きめ」のないだらだらした踊りにも拍手はある。エンターテインメントとはかくも洗練されない不品なものかと疑問に思う。「大きいことは良いことだ」という言葉が日本で流行っていたが、内容の乏しい大きさには小さいもの以上に欠陥があらわになる。「ウドの大木」の如き表現がこちらにもあるかどうか知らぬが、とにかくアメリカ物質主義の観点から言っても大きいことはのぞましいのだろう。間違ってならぬのは、大きいことは豊かなことを意味しないことだ。豊かさは仮令物量的に劣る内にも密度があれば大きさを凌駕できる。とにかくこの夜のアメリカには低俗な悪趣味を見ただけである。ラスベガスもロス同様、車がなくては動けない。ホテルの位置が悪かったのでほとんど市街を見ることが出来なかったが、これはTourの人達全員の不満でもあったようだ。とかく不平不満のたえないこういった団体旅行では比較的静かな空気であったのだが、最後の段階でお互いに節度を失ったようだ。お互いが知り合うのが深くなるにつれて遠慮がなくなり、忍耐を忘れ裸をむき出しにする。真の姿を見ることが出来るのだが、それが変装された姿といかに異なっていてもそれは決して欺瞞ではない。人間であることは動物であるのとは異なる後天的教養を備えるべきであるからだ。一人でいる時に真の姿にもどるのは、それは人間がいかに試みようとけだものの一種から逃れ切れないことを示している。サン・フランシスコの不満、コンダクターへの不平、面白い情景である。
フーバーダムの見学途中、Free Movieは興味を惹いた。アメリカ国粋主義宣伝の場が、こうしてあちこちに見つけられるのには正直驚く。フーバーダム建設の過程はそれ自身一つの物語であるが、内に織り込まれた内容は、アメリカの偉大さ、素晴しさを強調してあまりあるものであった。実物のダムを日本で見学したのはもう随分前になるので、このダムを他と比較して評価できないが、そうそう驚くほどのこともなかった。一体に自分の感受性が衰えたのか或は多くのものを見過ぎたためか、最近はあまり感動ということがない。人間性の乏しい批評家のような目を持つ人間になってしまったのだろうか。もっと素直にならねばならぬ。勿もアメリカ人のワンダフル、ビューティフルはほとんど外交辞令と同じで、深い意味を考えたら寧ろ誤りであるようだ。日常茶飯事の接吻が愛の表現でもあることから言えば、ワンダフルには時には強い意味が込められているだろう。言葉というものは完全のようで不完全そのものである。
ソールト・レークシティ
山に抱かれた美しい街で、日本の田園都市を思わせる。雪をうすく冠った山脈の脚下に続く緑の中に、古風なドームを持つ建物のある落ち着きを見せる風景である。
Union Pacific Trainでの帰り道、このTourではじめてにして最後のTroubleがあった。唯一人帰るカンサスシティへの車中でTour Escortの失敗が全て我身にふりかかって来た。一体に世界中どこでもそうであろうが、規則は時には絶対の強さを持つ。Escortが残りの旅の汽車の切符を渡さなかったことがあらゆる困難の原因になった。エスコートが大学在学二年生のアルバイトであることは、日本ではとても想像できないことだ。年令的には大人と認められても、その言動には多くの甘えを含んでいる。初めから許しを請いながらのことが多い。学生をこういったかなり責任ある仕事に用いるということは、大いに危険が伴うと考えられるが、アメリカ人のように独立心の強い人たちは、Tourといっても完全な従属を期待しないある範囲内で便宜さを利用し、ある時はおのれの好みに従うという巾のあるものである。しかしいずれにしても学生には夏期休暇のほんの遊びという気分が完全にないとは否定しきれないので、自分の都合で旅程に同行するのをやめたりする。職に対する執着というか責任というかそういったものは、はるかに日本人の方が強い。実際我々は働くことに愉びを見出せる。それは一種奉仕の満足であり、自己否定しながら自己満足するというきわめて精神的なものである。Tour Conductorならば何時も同じ所を訪れるのは当然で、それに飽きるという態度そのものがもはや失格のあらわれである。学生は多分無料で旅する喜びと金への欲望を多少の奉仕へ還元しているのだろうが、何時でも投げ出せる安易さが見られる。商品が王様として我々を祭り上げるごく普通の消費過程とはいささか異なるのが、旅費をはらって旅する我々の立場である。
デンバーからカンサスへ向う夜行列車は、途中車掌と女乗客の話し声で目をさめさせられた。アメリカでは公の仕事又は大衆に奉仕する仕事によい人材が居ないようだ。賃金が低いのかもしれないが、大きな責任を有するこういった仕事はもっと訓練された人達の手でなされるべきだ。ポリスは最低に近い人達の集まりのようだ。ピストルを公的に認められたごろつきの感すらする。車掌にしても日本に見るような清潔な一種社会奉仕家のような姿はこちらでは見ることが出来ぬ。あかりを消した車中で、夜の2時、3時に女客と話をする車掌の行動は、あまりに人間的で職業に対する厳しさに欠ける。1時間停車しようが2時間停車しようが、何の説明もしなくて済む国でもある。多分田舎で感じたこういった印象は、都会では許されないのだろう。しかし、のんびりした田園風情とはおよそ縁遠い耐えられない時間の消費である。汽車は遅いし、洗面所は汚い。子供は車内を走り回るし、あまり快適とは言いがたい。が、車窓外に見るのは、まさしくアメリカの野であり山であり雲であり空である。人間の姿をほとんど見ることができない広大な景色の中に、やはり人間が生活しているのであれば、アメリカの余裕の大きさは測り知れない。所謂未開拓地の何と広いことか。
問題もあるにはあったけれど、この旅行中、アメリカ人の親切にもふれることが出来た。ビルの両親との愉しい語らい、ポールの親切は、彼の職業である教師のような辛抱強さと上品さで終始アメリカの風物を手許に呼びこんでくれた。ポールの両親の思いやりは、異郷にある心淋しさを救ってくれるものであったし、ロウラのあどけなさ、ジーンの若々しさは、それだけをながめるだけで十分心なごむ思いであった。見知らぬ人たちの親切は、ほんの行きずりの人達故によけいに思い出として残る。帰路の切符の件で車掌と話し合っていた時に三人もの人達がそれぞれ車掌に僕の状態を説明してくれた。別れ際にかわした握手はお互いに名前も知らぬ同志の心通うものであった。我々も外国からの訪問者を国内に迎える時は、出来るだけ積極的な協力を惜しむべきでない。外部から無言で観察しているということはいかに心情が好意に満ちたものであっても誰にもそれは解らない。冷静に状況をながめ、好奇心を満たしているといわれても決して否定できない態度である。不干渉といわれる外国人(アメリカ人)のふるまいも大都市では肯定できても田舎街都市ではあり得ない。
カンサスシティでの失敗
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荷物を一時預かりのつもりで預けたら、それがサンフランシスコ行きのチッキ(Check)であったという話。
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男便所(汽車)の中から用たして出て来た黒人女性。
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graceを唱える家族と、唱えない家族。
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食事後にたずねる質問「食事をたのしんだか?」「何を食べたのか?」
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チップ込みで食事代が払ってあるのに、別にチップをおく人達。
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存外アメリカ人はけちである。廉い物には振りむくが、高価なものはながめるだけ。買う時はべらぼうに高いものを買って値段を吹聴する。芸術品評価の物指しが、人間の労働時間によっている面もうかがえる。複雑なものは簡単なものより高く認める。
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カンサス市のヒーピーは子供族の物真似だ。彼らはあいさつ一つかけてこない。深みのない単なる遊興気分が感じられる。大都市といっても田舎都市、都会に住む人間の陰鬱さは想像は出来るだろうがそれを味わうことは不可能。あまりに田園的であまりにのどかだ。
カンサスシティのメソジスト教会主催の若い独身の人達の集まりに出席した。宗教と結びつけることにより、いくらかの大義名分を得るのだろう。こういった組織は田舎都市では主要な交際の場になろう。Singleと限定された集まりはかなり興味を惹いたのだけれど、集まったのは二人の独身女性と主催者カップルだけであったが、ピクニックなどには十五人以上の参加があるというのだから、結局目的如何では人も集まろうというものだ。かなり真面目な内容の討論なので、そういったことが嫌いな人にはとても参加の意慾も湧かないだろう。傍聴者のつもりが主役のように質問責めにあって、日本の紹介の方がアメリカについての吸収よりも多かったようだ。彼らの日本に対する知識はやはりかなり乏しいようだ。二、三の話し合いの内で注目を惹いたのは、アメリカ人の友人関係についての発言で「お互いに利用し合える段階で友人関係が成立する」というきわめて実用的物質的な交際の説明である。本質的に友人関係はお互いに補い合うという要素も大きいので特別誤っているとは思えないが、完全に無報酬の相関もあってよいはずである。黒人と白人の能力差については、黒人の少数の能力を非常に高く評価しながらも、総体的な実力という点では現状では否定的に黒人を見る。環境と教育の違いがこの結果を招いているという考えは、いくらか誇張されたヒューマニズムを感じる。
トルーマン図書館は、日本の無条件降伏の調印書を保存していて興味をひいた。この国辱的条文が日本では公開されることがほとんど無いので、その内容を知ることは少ないだろう。Trumanの誤りが第二次大戦を終結へ導き、アメリカにとっては獣のようにどう猛な敵日本を打ち破った勝利への原動力となった。ここにもアメリカ国粋主義を見る。ビルのお母さんとサンドイッチ専門のレストランで食事をした時、彼女は自分の分だけを払った。考えられないことは無いが、日本ではまずない例だ。日本の客に対する奉仕はほとんど自己犠牲に近いものであるが、アメリカではそれは客が主人と席を共にするの意ぐらいにとれる。主人は決して客のために特別のもてなしをする訳ではなく、寧ろ冷淡にも取れる位のそっけなさである。グレイハウンドの停車駅までビルのお母さんは送ってくれなかった。タクシーを呼んでくれたのが好意といえば言えるのだが、彼女は他にすることがあるという理由であった。多分疲れていて出ることが嫌だったのだと思う。夜が暑いので料理をすることが出来ないから有合せのもので食べた。これが典型的かどうかは知らぬがある一面として正しい。黒人50%といわれるセントルイスであるが、ニューヨークに見る汚れや疲労しきった表情は無い。多分かなり古くからここに住んでいる彼等の故郷(ふるさと)的意識が街中を寧ろ美しく保つことに自然になっているのではなかろうか。勿論彼等のセンチメンタルな動物的情感は先天的なものであろうから彼等が理知的であるとは言えないが、保守的であまり攻撃態度を見ない。田舎都市の歴史都市は多分こんな形で保存されるのが望ましいであろうが、古さと新しさがかなり上手く溶け合っているかの如く感じられる。人間同志の交流にもなにか暖かいものがあるようだが、それだけに表面的には無駄口をたたかない田舎者の臆病さを見せる。街中は9時を過ぎると淋しくなるのはニューヨークのような大都会住む人間にとっては不思議な気持ちがするが、これが自然な人間の生活であるといえばいえる。Gateway Archという記念碑の頂上へコンベーヤーとエレベーターのようなもので人を運ぶ観光的サービスは、アメリカ工業技術の誇示と商業主義を見せて面目躍如たるものがある。かなり美しい建築物の多いのも意外といえるだろう。郊外にある公園中に見たプラネタリウムや植物園の斬新なシェルは、気持ちのよい作りで環境の中にとけこんでいる。
旅程もいよいよ最終となって金銭の不足は如何ともしがたく、セントルイス二日滞在の予定も一日に終わる。快適だった汽車旅行に比べて、バスは揺れ方、席の狭さそして精神的圧迫等の不利な条件が多い。もし親しい友人との旅ならばバスも良かろうが、一人旅のバスはあまりに哀れだ。視野は狭く単調であるし、なによりも隣人と肌をつき合わせて箱の中に数日居るというのは耐えがたい。月ロケットの中ほどではないにしても同様な苦痛はある程度まではある。黒人達の多い長距離バスはいかに彼らが親切であっても、同席はさけたくなる。差別待遇されている日本人でありながら多少矛盾があるかもしれないが、彼らの騒々しさと体臭にはあまりに異種なるものを思う。換気装置の良さ悪さよりも気積の小さいことが、バスの致命的欠陥である。貧しい人達との旅には豊かな人々との同行とは異なる何かを得るだろうが、貧しさから出来るだけ逃れようとしている人間にとっては彼らの一挙一動は唯蔑みの対象になるばかりである。日本では貧しさはそのまま心の貧しさを意味しないけれど、(それは敢えておごりを逃げる人々も居るからなのだが)ここでは物質的貧しさは無智、無分別を表わす。文化の背景のちがいがこのような結果になったのだろうが、改めて我国の精神的な高さを感じている。
バルトーク「青ひげの城」を聴いて
生のままの声楽に料理されたソースが伴った近代オペラの姿をした原始オペラと感じた。人間の最初の音は、多分自らの喉から出る肉声であったろう。それは一つの美でもあり醜でもあり、悲しみを表わし喜びを表わすそれであった。楽器以前に存在したという理由だけからでも肉声がある一つの原型であるということができよう。よく訓練された声はたしかに人々を魅惑するが、感動させはしない。そして訓練されすぎた声は寧ろ人々を耐えがたい状態に陥しこむようだ。バルトークの声楽への態度はその原質をあくまで傷つけないそれでいて裡に浸透する何かを持ち込むことに成功している。しかし管弦楽はあまりに誇張されて、味の濃すぎるソースになってしまっているようだ。ふと考えたのだが、果たして音楽と呼ばれる範疇の中でこの4,500年の間に発展といるものがあり得ただろうか。確かに近代楽器のめざましい改良(改悪)は音を装飾的にし豊かにしたけれど、それだけ肉厚となった外皮は、本質をおおいかくし真なるものへの到達を困難にしたようにも思う。我々に必要なる音楽と呼ばれるものは、我々をたのしませるものではないはずだ。それはもはや芸術と呼ばれる資格を失っている。音はそれ自身意味を持たないが故に、文学以上に評価されるべきである。しかし現代あるいは近代に於ける音楽は音に無理やり意味を待たせその自由な動きを封じてしまったようだ。或は完全な遊びで音を弄ぶだけのようだ。音は意志傳達を言語の媒介なしに出来得るところにその優位性があるように思う。グレゴリアン聖歌或はそれ以前の無伴奏、無調のつぶやきに見る人間の裡なる真のかけらは、ベートーベン、ブラームスにおいても同じであるはずだ。結局楽器の発達は本質をないがしろにするだけに終わってしまったのかとも感じる。だんだん悪くなっているのかもしれぬ。ハンガリー、ソ連の旋律が日本のそれに近いのはいかなる理由であろうか。
シーラとジャッキー
シーラは女を感じさせる。媚び、わがまま、傲慢、贅沢、彼女が持つそれらが魅力となる。気づかず馬鹿になるだけの女くささがある。理知的な女には芝居がかった感情表現があるが、本能的な女には感情表現といる言葉よりは寧ろ自然飽和から溢き出す顔があるといえる。彼女はわざとでなく男を喜ばす手くだを持ち合わせる。あらゆるものにフリーな心を持っている。心の窓はいつも開かれている。
ジャッキーは強さを持つ女であることが彼女の一番嫌であることのように、たえず男を意識することをも嫌う。彼女にあるやさしさは多分女性本能から出るもので彼女は好きでないものだ。対等であろうとする心の抑圧が、時折彼女自身をも苦しめ男を傷つけていることもある。彼女には甘えたくとも甘えることが出来ぬ、母親のやさしさではなく母親のきびしさのみがある。」



Australia / オーストラリア

オーストラリアに出かけようと思い立ったのは「未だ、見ぬ国」、という理由が大きい。近頃は、「コアラ」のおかげで、ある種の親しみをおぼえはじめているオーストラリアではあるが、出発するときは、「コアラ」を見に出かけるとは、特に念頭になかった。
以前から、聞いたり、読んだりして知っていたオーストラリアに対する印象は、あまり良いものとは言えなかったが、日付変更線や、時差ぼけによって悩まされる、他の地域への海外旅行に比べれば、それが無いだけでも楽しい旅になるだろうと予想できた。
去年(昭和83年)の11月の初旬、南半球では、夏に入りはじめる時期に、シドニーに向けて飛び立った。ブルートレインの寝台で、日本国内を旅行する気分に、少しいい酒と、コンパクトな夕食、それに映画と音楽を加えて、朝の目覚めはシドニーということになった。
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入国
シドニー空港着陸と同時に、食料品の持込み禁止が、念入りにアナウンスされ、それに続いて、入国する前に乗客全員の消毒を行うので、そのまま席に立たないでいるように告げられた。制服の2人が、機内の最後部に来て、両手にスプレー容器を持って、通路を前に向って歩き出した。座っている乗客の頭の上をスプレーの音が通り過ぎ、煙のようなものがたなびいて残った。「確かに消毒終り、OK」・・・・・・「?、何といい加減な・・・・・・・・」
荷物検査の前に、同行4人は集まり、各々入国管理を通過した時にチェックを受けたカードを見せ合って、記号が同じであることを確認した。日本で仕入れた情報では、「四人共に記号が同じならば、荷物は検査されない、もし一人だけ記号が異なれば、その人の荷物が調べられるだろう」とのことであった。予想通りノーチェック。何人かが旅行カバンを開けられて、インスタントラーメンを中に、やりとりしているのを横目にして、オーストラリアに入国。没収覚悟の「栗ようかん」と「納屋橋まんじゅう」も無事オーストラリア在住の日本人の手に渡ることになった。聞いた話では、くん蒸消毒して持ち込んだ椎茸などは、ぼろぼろになって、とても食べられる代物でなくなるとのことである。州から州への移動の際でも、食品の持込み禁止は厳しいらしく、車で通る場合も、州境を越える前に、捨てるか食べるかする必要がある。特に果物類の持込みチェックは厳重だとのことだ。
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シドニーの街とストライキ
街中にそびえる円筒形のオーストラリアスクエアの47階、回転レストランで、シドニーの全貌を眺めることができる。高層ビルには付きものの入口回転ドアが無く、暖房をあまり必要としないとはいえいささか気になったが、やはりエレベーターでは、かなりなドラフトを感じる。それはともかくとして、高い視点から、先ずはシドニーオペラハウスと思ったが、街並み全体に対しては、やゝ不均合で、量的にはあまり目立たない。寧ろ、シドニー湾の入り組んだ海岸線や、赤い屋根と緑が見わたす限り美しく拡がっている様が印象的であった。市街のビル群については、特に語るほどのものを感じないが、カンタス航空の高層ビルのことを少し触れておきたい。この建物は、完成までに7年ほどの年月を要したが、それは途中でストライキのため、一時工事を中止して、放置されていたたためと聞く。オーストラリアでは、労働ストライキと天候不順、それに、気温は、工事完成期限に対して免責となるので、日本のように、前もって竣工日を決めておくことは難しいようである。他にも、印刷物なども、出来上がって来た日が納品の期限であり、注文主が不満を述べることができるのは、注文の内容についてのみであるとのことだ。唯、労働ストライキについては、職場環境とか労働条件の改善を理由とするもののようで、各々専門分業化されて、各職分を守り合うので、競争はないが労働の流れの中で、どの1つがストライキをしても、全てがストップしてしまうとのことである。要求→回答→不満→ストライキ→交渉に入って後、はじめて、ストライキに入ったことに気がつくケースも多いと聞いた。建設ストライキに対抗して、あらかじめ、竣工期限を決めた請負制度で契約するケースも現われ、実際、カンタスセンターの隣のリージェントの建物は、1年位で完成したとのことである。ストライキに対する姿勢は、オーストラリアでは、あまり深刻に受けとめず、「You are unlucky ,I am lucky」と、ラッキー、アンラッキーで済ましているようなところもある。
シドニーの街全体は、何となく名古屋に似ているようで活気がなく、ぼやけた感じで、積極性が不足しているように見える。港町の魅力は、きっと、そこかしこにかくされているだろうが、残念ながら嗅覚が働かなかった。突端にある、白く輝くオペラハウスへのアプローチは、駐車場が無いこともあってイブニング、タキシード姿で、薄暗く煤けた場末の散策となる。シドニーの夜は、安全だと聞きはしたが、大都会に付きものの一種の緊張感はここには無い。勿もオーストラリアの殺人の割合は、日本の2倍位はあるのだし、一般的な犯罪の割合も2倍以上はあるはずなんだが・・・・・・。
10代の若者達が、週末のヒルトンホテルのバーやロビーにたむろしていては、若々しいとは言えないし、街を歩く姿に、スピード感や、しなやかさが欠ける。歓楽街のキング スクロスにしても、何となく芝居のセットのようで東南アジアのような生命の漲りが無い。全体的にイージー・ゴーイングで競争してないのが、こんな雰囲気をかもし出すのだろうか。倉庫を改造した1号埠頭(ピア・ワン)とか、牢を改造して土着民(アボリジニー)の工芸品等を集めているアーガイルセンターとか、オーストラリアの特産物を販売している所でも内部で決して競合していない。ブーメランもセーターも、毛皮も工芸品も、同一ショッピングモール内では、決して2つ以上の店で売られていない。徹底して、行儀よく、1業種1店舗の構成が貫かれているように思えた。
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建設に関すること
シドニーの市内の建築地域規制を知ろうと市役所へ訪ねた時の様子は、又オーストラリアのある断面を示しているように思う。市内はいくつかの自治区のようなものに分かれており、その各々で、用途地域を決めているが、それを取りまとめた最新の都市計画図のようなものはなかった。質問に答えてくれた役所の人が出してくれたたいへん美しく彩色された都市計画図を見て、それを買いたいと言ったら、「これは十年も前のもので
、もし実際に何か建設予定があるのなら具体的に相談に乗ろう。」との話であった。何故最新の都市計画図を作らないのかとの間に、彼は、「始終変るので作りかえるより、実際の物件で答えた方が良い」と答えた。結局のところ、美しく彩色された古い都市計画図は、記念にと購入された。
オーストラリアで建築家になるには、オーストラリアの大学を卒業することが必要だが、設備設計家については特に尋ねなかったのではっきりしない。設備関係(機械、電気)の設計料(コンサルタント料)は、工事金額1500万円までは10%、以降金額が大きくなるにつれて減少し、5000万円位で8%1億円で7.2%位、6億円以上は6% と決められているようである。
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オーストラリアの日本人
シドニーの日本人学校へは500人弱の小中学生が、通学バスを使って通っており、日本から派遣された先生から教育を受けているが、競争意識がなくなって、日本への帰国後が心配だという。日本人は、北部チャッツウッド辺に多く住んでおり、シドニー・ハーバーブリッジを2階建列車で渡り、シドニーの中心街の地下駅を経由して通勤しているようだ。タウンホールとかウインヤードとかの地下駅は、うす汚れた中に大都会の活気を感じさせたし、2階建列車は、通勤のつらさというより、乗り心地の良い愉しさを覚えた。ハーバーブリッジを通過しながら眺めるシドニーオペラハウス、朝な夕な、そして又夜にと、見る人をたのしませていることだろう。タウンホールから乗ってローズビルで降りて住宅街を歩いたが、その間中、蝿が群がっていた。蝿取り紙でも売ろうかと冗談を言ったら、ここでは、人間の体に蝿よけスプレーをすると聞き入国の時の飛行機内のスプレー消毒を思い出した。ユーカリの樹々の間の広い敷地に、茶色のレンガ造の住居が見えかくれ、魅力ある住環境なのだが、どの家にも申し合せたように、レンガ積みの塀が設けられていて、何となく閉鎖的な姿勢を示している。
日本とオーストラリアの間に塀は設けられていないだろうか。オーストラリアは他のあらゆる国に比して、日本への輸入の割合が大きく、特に豊富な石炭や、鉄鉱石等を日本へ売って得る金額は、アメリカやヨーロッパ諸国との取引額の2倍以上となっている。ヨーロッパ諸国への輸出は、ここ2年10%以上の減少となっているのに比較して、逆に日本へは5%を超える増加となっている。一方、日本からの輸入は、自動車類が、抜きん出ており、輸入総額は、2年間に43%もの増加となっている。日本とオーストラリアの関係はこのように原料と製品の関係にあるようだ。水資源は、オーストラリアでは、雨水の13%が利用できる程度でこれは、アメリカ大陸やアジア大陸の40%や、アフリカ大陸の24%に比べて、著しく劣り、雨期、雨量の不安定さや、水質の悪さ、貯水池の不足、それに増して、蒸発によって失われる水分の大きさで、将来共に工業用水の利用など悲観的であるようだ。そこで日本製乗用車、オートバイの進出となるが、これも輸入枠の規制と歩み寄りして、日本製自動車工場等をオーストラリア国内に作って来ている。メルボルンでは、新しいトヨタ自動車の工場を見学した。トヨタ100%投資のToyota Manufecturing Australia である。労働者は工業地域で働くと、余分の金が得られ、ここの平均年収は日本円約350万円以下位で、税金は30%とのことである。(女性労働者は、一人もいない)。就業時間は朝7時から午後3時30分迄で、その間昼休み30分と午前と午後の休憩(コーヒー・ブレイク)である。工場建物で、特に規制の厳しい点は、避難ルートの確保に、スプリンクラーの設置、それに換気設備とのことである。鋳物作業部はスモークカーテンで隔離されており、屋根は内側に断熱を行うことにより、工場内騒音の消音ともしている。スパイラルダクトにより、スポットの換気と暖房が行われているが、冷房設備はなく、但し、気温が35℃を超えると帰宅して良いことになっている。夏の暑い日は、早々と帰宅して、海へ出かけてスキューバダイビングして、あわび取りなどするという。(メルボルンの最高気温極値は45.6℃。夏の最高平均は25.8℃)メルボルン滞在の日本人の子弟には、日本人学校が許されていない(シドニーの1校のみが許可されている)ので、日本から添削問題等を取り寄せたりして勉強していると聞いた。日本語は、言い伝えられているように、普及している現場に遭遇しなかったのではっきりしないが、実情は、遇々訪ねた、キャンベラのオーストラリア国立大学の、オーストラリア日本リサーチセンターにすら日本語のあまり上手でない女性一人いた程度であった。
日本とオーストラリアの文化交流は第一回の日本芸能祭が、シドニーオペラハウスで催され、五木ひろしショウや、日本のお祭行列が、大通りをねり歩くとかが企画されて来ている。滞在日本人を対象とした、ジャパン・インフォメーション・センターでは、毎金曜日に日本語を教えているし、他に、豪日協会が、シドニー市内にオフィスを持って、ファッション・ショーなどをしたりして日本とオーストラリアの文化交流を促進しているが、まだ、これからの感がする。
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シドニーオペラハウス
その白く輝く、特異な美しさで世界的に有名なシドニーオペラハウスでコンサートを聴いた。オペラハウスと呼ばれる建物は、2690席のコンサートホール、1547席のオペラハウス、544席の劇場、それに419席の映画館と大小4つのホールから成り立っている。この芸術センターとも言うべきホールのロビーは、ジャカランダの花の色、紫のカーペットで敷きつめられ、ガラスごしには、シドニー湾に戯れる色とりどりのヨットが、明るい日射しの中に見られるし、潮風を浴びて眺める中心街の夜景は、夏の夜の愉しみともなろう。オープンしてまだ十年にしかならないので無理は言えないが、コンサートの雰囲気は、建物の素晴しさにふさわしくなかった。切符が前売りでほとんど売り切れとかで、最前列の席がやっと手に入ったが、そこに座るとステージが正面に壁のように立ちふさがり、ほとんど演奏者達は目に入らず、わずかばかりの指揮者の背中が見えるだけだった。オーケストラピットでこんな席を設けたのかと、いぶかったが、あたりを見回すと、あちらこちらに空席が目立つ。ほとんど売り切れているという窓口の話が本当だとすれば、切符は買ったが、聴きに出かけない人が多いのだろう。内部は美しい木肌(Brush box white birch)で仕上っているが、音自体がややかたく、反響が大きくて、全体にエコーがかかった感じもした。客は大きな割合を老人達が占め、若者の姿が少ないことを案内の女の子にたずねてみた。「クラシック音楽について基礎的なことを習う機会がない」との答で、彼女も、ここに勤めるようになって音楽のたのしみをおぼえたと言う。2曲目以後は、後の方の空いた席にかわったが、そこからは、シャツ姿から正装まで、まちまちの服装の客が見られた。個性のない演奏で、アンコールもなく、ノルマ消化のような風に演奏会は終った。貧弱なプログラムが1ドル50セントしたが、中味のあるプログラムが無料で配られるアメリカのコンサートや、個性のあるヨーロッパのプログラムを思い、建物は一流でも、内容は二流という感じを否めなかった。
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コアラのこと
名古屋で話題のコアラを、シドニーで一番最初に出来たというコアラパークで見ることができた。タロンガ動物園のような大規模で人工的なものでなく、オーストラリアを代表する動物を解放的に見せている。アメリカのサンディエゴ動物園のコアラ舎はここに良く似ている。
コアラには、一日二回見物の人が触れることができる。六頭のコアラは各々名前がつけられており、その内の一頭が、見物の人と順次接触しているようだ。少し順番を待って、触りながら記念撮影。手ざわりは、ふわっとして、見た目よりはるかに柔らかかった。他の動物達のうち、カンガルーは柵の外で子供達と遊んでいたが、奈良公園の鹿のように活動的でなく、一見怠惰、食べ物が口のところまで運ばれるのを待っていた。ウオンバットは、場内を走り回り、そこらの幹をかじっては案内の女性に叱られていたし、ディンゴやエミューは、質素な金網の檻や柵の中にいたが、いずれも動物と人間の距離の近さに、親しみをおぼえずにいられなかった。シドニーの気候は名古屋に比べ、穏やかなので、このように動物公園として人間と動物との隔たりを取り払うことが出来たのだろうか。(シドニー最高気温極値45.3℃、最低極値2.1℃、夏の最高平均25.5℃)。
今回の短いオーストラリアの旅は、シドニーを主としたが、新しく建設途中のキャンベラや、イギリス風なメルボルンの街並にも、各々興味をそそられる。日本の20倍もあるという国土にわずかに1500万人の人口、それに豊富な地下資源と、魅力ある海岸線を持つ国」では、「勤勉な」という言葉は似つかわしくない。シドニー湾内立ち並ぶリゾート風の住宅やアパートメントハウス、トップレス海岸や、ヌーディスト海岸、それに加えて、冷たいビールとペッパーステーキ、伊勢えびとワイン等が、瞼や舌に残っている。




Europe / ヨーロッパ


夢を見ていた。窓が大きく外に向って開かれて、激しい吹雪である。またたく間に積雪があらゆるものを覆いかくす。妹が病気で眠っている。寒いというので床の間の前に移してやる。ラジオで閉じ込められた八人は凍死の報があった。
外は激しい雨である。野をはるか遠くから渡ってくる風が、泣き声にも似た音を混じえて暴れ回っているようだ。こんな風音、雨音は、たしかもう長い間聞かなかったようだ。自然の中に謙虚に生きている我々民族の聞き慣れた音ではあるが・・・。時計が一時を回るという時、聞こえるのは自然の叫びだけだ。喧噪に生きたこの二年間にはこんな時にすら文明の勝利の雄叫びを、誇り豊かな凱旋歌を聞いた。だが今この静寂にあって、人間の持つ弱さと自然に対する従者のへりくだりが思い起こさせる。こんな自然の息吹きの中で平らで何の覆いもない一軒家に住めば、あの嵐が丘のヒースクリッフは狂人でなかったと思い得る。その陰うつな暗い広大なホールの階段を今何からつかれたような顔が静かに降りて来ても何の不思議もありはしない。陽気さは全く異質のものとしてそこに存在し得ない。不義、陰謀、そして殺人、あらゆる悪と呼ばれるものが、そこでは寧ろあり得るべきものとしてある。
森、家、水(小川)、空、雲、光、影、街並、山脈、詩人、ワットの絵、緑のしとね、松?、羊、牛、そして鳥群、古城、スコットランド第四楽章、歓びの序章、静謐にたたずむ墓石。透視図的に小さくなる地上の果て。曲がりくねって森をぬける窓に写る映像はあたかも幻想。ベルイマンの世界を想いうかべる。ビュッフェの絵のような家並、まるで絵のよう。
田舎のバー。煙草、九シリング。”You are not a native.” なまりのある英語。飲んだくれの男達。無愛想そのもののバー。人間的な温かさは、土地の男達の中にのみある。
まるで映画の画像のように、折々に目を愉しませる古い小さな街々の個性ある表情が移り行く。多分古い領主達の個人的な支配欲がそうした画一的な家の存在となったのであろう。緑の屋根の街々。赤いかわらの家々。灰色の覆いの下のくっきりとした黒い柱と白い壁。ビュッフェの絵の街々がたしかにそこに実存しているという実感は、なんと快いことであるか。そしてそれらの特色ある人間の臭いが、曲りくねった道を隔ててつながっている。そこには曲らずに伸びた樹々からなる林と、その上の青い空に浮かぶ雲と、その下に果てしなく広がっている緑の野と光に映える水面には、自然の歓びに満ちた表情がありありと見てとれる。野に点在する家畜は、同居する鳥たちと未だもえ切らぬ緑の訪れを静謐の中に辛抱強く待っているようでもある。この豊かさ、静けさの中では、誰もが詩人である。いまや完全に自然の創造物のように、その中に納まって動かない古城に立たずんで透視図を見るように正しく縮小される地上のかなたに目を放てば、古い時代の詩人たちが感じ得たと同じように、自然への感謝と祈りに似た想いを持つように思われる。村のはずれには同じような墓石が沈黙を保って直立して後えい達の喜びかなしみを見つめている。こんなスコットランドの風景に接して、長い間忘れていた父母の愛の如きものが胸の裡をよぎる。そしてスコットランド交響曲の第四楽章が高らかに聴こえて来る。文化というものは確かに我々に何かをもたらしたが、同じように確かに何物かを我々からうばい去っていった。文化の発展が我々に運命的に与えられた拒絶できない任務であるとすれば、確実に自然を喪いつつある我々は又何と不幸な動物であることか。バスの窓に反射した葉のない樹々の連なりは、ベルイマンの世界の幻想のように美しいが淋しい微笑をたたえた我々の未来の顔を見るようでもあった。
スコッチウイスキーはスコットランドで飲んでも、特別の味がする訳でもない。特にエアというところは、リゾート地とはいっても田舎町である。バーのとまり木で酒を飲む異相には、何のなぐさめの言葉も思いやりもない。”You are not a native.”が相手からの精一杯のもてなしであった。そしてひどくなまりのある英語は、ほとんど聞き返さずには理解できない程異様なものであった。長身とはお世辞にも言えぬ赤い鼻の男達は、飲んだくれのように乱れて卑わいであった。紳士の服装はしているが、中身は田舎の百姓の洗練されていない露骨な人間の欲望の表情を見せている。バーテンダーすら無愛想で声一つかけてくれない。彼らの表情には孤独の影はない。唯異質分子に対する適応性があまりにも欠けているようだ。こんな街に住むとすれば、実に難しいのは彼らに同化することだろう。彼らには協調するということがおよそ出来ない頑固さと臆病さがある。その不調法と不器用さが異人には残酷な仕打ちとなるが、それでいて彼らが都会人よりももっと純粋で朴訥であることも事実であろう。
カイーンメリー殺人の現場は、メンデルスゾーンの第一楽章の暗さとはかなり異なるなんでもないところのようであった。多勢が占めたこの狭い空間からは何の血のにおいも感じなかったが、もし一人でその暗闇にたたずめば、又おのずと別の感懐にとらわれるであろう。この古塔のそびえたつエジンバラの街も昨日にくらべると今日は少し興味薄く思われたのは、結局は人間の他愛ない好奇心のしわざと現代人の住む街という世界各国各都市の共有性故であろうか。ここでもアメリカ式のConducted Tourが普遍少なくともある団体に属する限りは自由な鑑賞の選択権を奪われる。あまりに熱心丁寧な説明は事実そのものを自分の眼でとらえる力を奪ってしまう。飾り立てられた教会内部について馬鹿馬鹿しい冗長な話には、宗教に対する敬虔な気持ちは遠い知識としての満足感が与えられるぐらいのものである
アメリカ人達は、冗句(Joke)が好きであるが、それは決して彼らがそれを理解して笑っていることを意味しない。バスのコンダクターがある機智を説明した時、大声で笑った隣の老婦人に何が面白いかと尋ねると、はっきりした解答を得られなかった。彼らの知っていることは今話されたことが多分諧謔を含むものであり、最後には笑わねばならぬということのようである。そんな約束とは知らず、それをまともに問いかけたことは彼らに全く失礼なふるまいに及んだということになったらしい。こんなことを考える時アメリカ人の深さというものに本当に疑問を抱かさざるを得なくなる。物質主義、精神的支柱のない不幸とでもいうべきだろうか。
ランメルムーア(ルチア)
小さな村、そして森、丘の上に立って眺める村と教会
古い時代の恋は多分に狂気にならざるを得なかったであろう。長く連なった丘は冬になれば一面雪にとざされる。小さな林の中に二軒、三軒と共に在るこの小さな世界での人間の心に生じた傷はいやされる方法がない。恋の葛藤、挫折の後にすら、そこに住み続けなければならぬという一種の宿命の如き重荷は、人間の正常さを奪うに十分なるものである。我々のいう恋とは唯、満たされない己の空隙を何物かで補償することに過ぎないように思う。相手の選択であって、相手に吸収され、そこから新しい形の複合体として出発するというほどの深みはない。もし我々が悠久な雄大な大自然の中にわずかに肩をよせ合った生活をする小民族だとしたら、その時に生ずる自然からでなく、人間からの拒絶は救われることのない永遠のさすらいになるであろう。この丘がランメルムーアのルチアの村なるものかは実際のところは知らぬ。しかしこの風景の中にあのルチア狂乱の場を置けば、事実そのものとなるように思われる。
去年の夏に、シーラからアイルランドの絵はがきを受けとった。その時は、実に他愛のない平坦、貧弱な土地と、それに続く海を見ただけだった。そこには、人間の存在が僅か小さな小屋と牛を連れた少年で象徴されていた。
今自分は全くそのものの自然の中にある。絵はがきとの何と大きな差異であろう。二次元のしかも限られた広さに占められたものは、自然とは呼べない無生命のものである。やはり自然を理解するためにはそこに立つべきである。バスの旅も不完全なるものであるが、それでも絵はがきでは、およそ想像できぬ何かを見つけることができる。文字通りの浅薄さが一枚の絵が証明し得るもののようだ。
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一人旅の金持ちの婦人連。アメリカ人の中では不自然なこと。
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一人旅の老人。淋しさ故に若い女の子に夕食同伴を頼み、又人々にふるまい酒をする。
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レンブラントの神秘。深い憂愁と喜びか悲しみか判別しがたい微笑。嘲笑や投げやりのそれではない。青
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ミケランジェロの構成は実に立体的で彫塑的な美しさ。三次元の構成。
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ルーベンスの豊満さと動きのある画面。
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ボッチチェリーは完璧な仕上げ。
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ラファエルの壁かけ(タペストリー)では、強さがやわらかさに勝る。ナショナル・ギャラリー
スペイン
人情、温かさ、貧しさよりはむしろ豊かさ、つつましさの中の幸福。きちんと盛装して歩く人達。美人、黒髪と褐色の髪。いづれもが大きな目、そしてあまり高くない鼻、豊かな胸、でぶはいない。
バルセロナ
太陽と海、そして魚の臭いのする街市場。細い路地につき出した窓の覆い。静かな街の中に流れる唄声。陽のあたる坂道を男が一人肩にシャツをかけながら唄をうたっておりる。
シングルのズボンの女の子のソックス(ストッキングではない)。
OBERAMMERGAU Passion Play
ワーグナーのパルシファルを思わせる序奏がこの劇を開ける。そしてバッハの対位法的なやや誇大された教会音楽とは異なったもっと地方(ドイツ)のオリジナルどろ臭さが好感を持てる。時にはモーツァルトの如き明るさで、幕を導入して受難劇とはいえど、暗く、陰気な雰囲気はない。自分の好みから言っても全く暗い教会の中で何に向って拝んでいるかわからない状態は耐えられないが、たとえば太陽に向って所謂形而上的な超自然物の対象となる何かに向って祈る方が自然に見える。知的な要素からはやや離れて原質的なものへの単純な呼びかけを聖書に従うことで実現している。舞台が外部にさらされているということが、この日のように天候が雨あり雪ありそして終局の復活には雲がきれて日射しがあるという素晴しい演出にもなっている。
奇跡ということが我々にとっていかに大きな働きかけ、影響を及ぼすかということは科学の発達した当代でも明らかである。人為的にどうすることも出来ぬ天候が、斯様に劇に対応して変化する時少しくキリストが神の子であるのを信じたくなる。
たとえ聖書に忠実であろうと劇である以上は、そこには存在しない気持ちを表現しなければならぬ無理がある。そんな時我々がまことに自然に名優になるのは、他人を弾劾したり傷つけたりする役である。我々がとても信じがたい善人を演ずる時には、我々はすでに醜いもの汚れた現実の心を持っているのでなかなか不可能である。しかし我々が悪人を演ずるにほとんどの人々はこの悪を心の中にかくし持っているので、特にその役が悪をすることを自覚して苦しむ役の場合はたやすく上手に演じる。
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キリストを売ろうとする人達。キリストを売ったユダ。三度拒否したピーター。そしてはりつけにして殺せと叫ぶユダヤ人達。全てが我を忘れて寧ろ自分の中に潜在している悪を表示しただけの行為というたやすさで真迫の演技をする。結局のところ我々全ては罪人である。誰かが許されて誰かが許されない、誰かが迎えられて誰かがしりぞけられるということは、あり得ないはずである。キリストが本当に神の子であるのなら、キリストを売ったユダの気持ちは解るであろうし、キリストをはりつけにしたユダヤ人達もありのままの人間であるということは、十分先知しているはずである。そうすれば一体神に冒瀆を働くということはどういうことなのか、神であることを信じない人達も人間であるということを、神である誰かは知っているはずであるから、それで彼らを責める理由にはならぬように思う。もし神に対して不自然にへつらうようであっては、それは寧ろ神を人間まで降下させたということで神を神として認めてそれに挑戦するよりも不届きな行いである。神に対してへつらうことは、神を人間として評価していることに他ならないからである。そうした時我々が取るべき態度はあくまで自然であるということであろう。クリスチャンであっても毎朝ミサへ出かける人の方が、毎朝ミサへ出かけない人より、信仰心が深くて神の存在を信じているということにはならない。貧乏人はミサへ出かける余裕がない。それ故に彼らが許されないとしたら、神はまるで金持ちのためにのみあるということになる。神でない我々はどんな振る舞いを今、しているとしても、終局的には死ぬであろうし本質的にはユダでありピーターである。多分自分が今まで自分に対して厳しかったのは、天なる存在を信じていたからであろう。我々を超えた何かの存在を信じなければ、とても解決できない実存がある。罰と呼ぶものが我々に課せられるのは、我々の中での我々の相対評価を下げて生の愉しみを、いくらか苦しみに変えるということで神への不敬を理由とした神の怒りでなく自分の正しい評価をあやまった傲慢さをいましめる意図であるように思える。神に対しては自然であるべきで決してつくろうべきでない。神はそんな小さなものではないと感じる。
にがい恋、美しい恋、華やかな恋、そして幼き恋、すべてが過ぎ去ろうとする。新しい芽生えがある。けがれなき息吹を感ずる。空、雲、青、白、流れ寄る想い、愛の成就。
自分で自分らしくとどまる
↓
他人との関係で壊される
他人との接触で啓発される
他人の為に自分は存在するのか
↓
「自分勝手である」という生き方をしたい
日本的であること
―― 言葉にかくされた部分の察し
↓
言い過ぎることの誤り
↓
沈黙に耐えられぬ → 人とつき合わぬほうが良い
↓
話し過ぎる 言葉を捜しながらの会話 ―― 幻の現実
「万葉集」のこと
「唐詩選」のこと
アメリカでの日本人
座右の書 ―― 「旅の書」
「本当は女性を評価していないのではないか」
Different Not Segregation
Bi Sexualな考え方という。

